LUCID NOTE LUCID NOTE | what Shibuya living in SHIBUYA have seen and felt

SADAO WATANABE with RUSSELL FERRANTE, EDWIN LIVINGSTON & KENDRICK SCOTT (2nd)

LUCID NOTE SHIBUYA

どうしてジャズのライブに行かなくなったのか。

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4年ぶりに貞夫さんのブルーノートへ。南青山6丁目。

東日本大震災を境に、ジャズのライブにはほとんど行かなくなった。自分でもその理由がよくわからないのだが、今日のアンコールでなんとなく気づいたのは、おそらくたぶん、もうこれ以上泣きたくないからだと思う。

ラッセルさんのピアノの繊細な旋律が、小癪で小粋だった。彼が貞夫さんと絡んだときにときどき見せる笑顔はどことなく懐かしく、そして甘い。力技で押していく年齢を超え、早弾きで高揚させる技も置き去りに、じっくり煮込んだスープを少しだけ冷ましたような旨味と爽やかさのある演奏がやさしい。

ケンドリックさんのドラムのリズムはトリッキー。同じ太鼓を使っていろんな音を出す技を持つ。スキのないスキを見せる演奏は、どこでだれに絡まれても即応できるように、実はあらかじめ仕組まれていたような正確性と柔軟性を合わせ持っていた。素人には難しいリズムをわかりやすく叩き、やさしく聴かせる。

そんな彼らが最後に演奏したのが、日本人が日本のために作った曲。この曲を海外の人が演奏しているのを初めて聴いた。ラッセルさんのやさしいピアノを伴奏に、貞夫さんがやさしいメロディをうたう。歌詞付きのこの曲を聴くとあまりにも嘘っぽくてうんざりするのだが、今日の彼らの演奏は紛れもなく本物だった。貞夫さんがなぜこのライブでこの曲を選曲したのか、聴きながら思いを巡らせていたら、泣けてきた。もう泣きたくないのに。

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別にジャズが嫌いになったわけじゃない。