LUCID NOTE LUCID NOTE | what Shibuya living in SHIBUYA have seen and felt

渡辺貞夫 クインテット 2008

LUCID NOTE SHIBUYA

実は、チケットを手にしたときは、それほど行きたいと思うライヴではなかった。渡辺貞夫さんの「音」は毎週ラジオで流れていて、それを聴くともなく聴いていたし、それほどの感動も新鮮さも感じないだろうと思っていた。ましてや熱烈なナベサダ・ファンというわけでもない。

ピットインの入り口でチケットに印字された整理番号をスタッフから呼ばれ、会場に入り空いてる席を探し、開演を待つ間でさえも、同じ気持ちが継続していた。渡辺さんやバンドのメンバーが、にこやかに、そして楽しそうな笑顔でステージの上手から現れ、楽器のセッティングを終えて、さあこれから演奏が始まるという瞬間まで、至って冷静で、ワクワクする気持ちもゾクゾクする感覚も感じないでいた。

でも、渡辺さんのサキソフォンからその音が流れ出たとき、どうしてこのライヴに来ることを選んだのか、その理由の全てが脳の中を駆け巡り、さらにパチパチと音をたてなら一瞬のうちに僕の全身を占拠した。忘れていた記憶が一気に溢れてきたのだ。それは、ライヴではなくコンサートという言い方が一般的だった頃、CDではなくレコードだった頃、J-POPが歌謡曲で洋楽がポップスと呼ばれていた頃の記憶だ。

思い出したその記憶を、うまく文章にまとめる時間も能力もないので、決して詳しくは書けないが、それは当時、渡辺貞夫さんの音楽に触れたくて聴きたくてしようがなかった、でも様々な事情でそれは絶対に叶わないのだという現実を子どもながらに受け入れざるをえなかったという、音楽を聴くことが大好きな子どもにとっては少々残酷なストーリーだ。渡辺貞夫さんの音に起因するそれらの事実は、本当は忘れてはいけないとても大切な歴史であり、なにより自分自身の音楽のルーツとも言えるくらいのものだ。でもそれをさっきまで、忘れてしまっていた。

気づけば泣いていた。大切なことを忘れていたという、なんとも情けない今までの自分への後悔と、思い出させてくれた渡辺貞夫さんの音への感謝と、そしてなにより、子どもの頃に心底聴きたかったあの音を、目の前でライブで聴けているという嬉しさで、ほんとに涙があふれていた。隣のお客さんに見られると恥ずかしいので、会場に入る前に外した花粉症用のマスクをしなおして、さらに咳までしてみせて誤魔化したくらいだ。

渡辺さんは終始笑顔だった。MCも少なめでメンバーの紹介と曲名の紹介くらいの簡単なものだったが、奏でる音楽とその笑顔だけで、十分に楽しめるライヴだった。なんて素敵なミュージシャンなんだろう。

そしていつしか笑顔になり、身体を揺らし、また泣き、思い切り楽しんでいた。終演後、僕は最後まで会場に残っていた。いつもは早々に会場を出る自分が、もっと長くそこにいたいと思った。