無粋だ。
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きょうは新国小へ。春琴抄の初日。本町1丁目。
まさかの再々々々演かと浮足立って取った初日のチケット。出演者の一覧を確認すると、一番手は深津さんではなく、同じ事務所の後輩の茅島みずきさん。女性のなまえはほかには見当たらないからおそらくこの茅島さんが春琴役か。茅島さんなら大丈夫、きっと成功する、なんなら深津さんのあとを継げるのは茅島さんしかいない、という事務所の思いを勝手に慮りつつ、いざ現場へ。
いやちがう。これじゃない。これは春琴抄じゃない。春琴と佐助が主役じゃない春琴抄なんて春琴抄じゃない。この舞台の主役は「ぼく」だ。「ぼく」が「ぼく」の独自の解釈で、とある日本の有名作家の中編小説をあらすじとともにざっくりと解説していくよ、というのがこの舞台のストーリー。スタバでコーヒーを飲んでいると、なにかの映画を観終わったあとのカップルが、あのシーンはこうだったとか、あのセリフはこうじゃなきゃとか、監督はきっとこれが言いたかったんだとか、興奮ぎみにしたり顔で会話しているのを横でずっと聞かされているときのあのいや~な感じがおよそ二時間。これはつらい。
さらに、なぜ春琴と佐助のあの耽美なふたりの世界観を茅島さんと小栗さんではなく、水田さんと古屋さんにやらせたのかとか、あの一幕目の舞台の中央に置かれたいたあれはどんな意味があったのかとか、「ぼく」にも「ぼく」のストーリーがわかるけど、そんな無茶な背景に共感できるひとがどれだけいるのかとか、だったら春琴抄じゃなくてほかにもうってつけの題材があるんじゃないかとか。ぜんたい的に奇をてらったというか、発想が安直というか、腑に落ちないことだらけ。まいった。
いっぽうで演者さんの演技には目を見張るものがあって、とくに主役の水田さんは流れるような長セリフを幾度となくこなしていたし、準主役の永井さんのセリフ回しは時代感たっぷりだったし、小栗さんのクライマックスのあの間のとりかたには最高にドキドキしたし。
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でもなあ、きょう一番の期待の茅島さんは、茅島さんは・・・ほとんど記憶にも印象にも残っていない。深津さんにつづく期待の女優「茅島みずき」の春琴抄が観たかった。残念。