LUCID NOTE LUCID NOTE | what Shibuya living in SHIBUYA have seen and felt

響宴~澤田かおり×アカシアオルケスタ~

LUCID NOTE SHIBUYA

Beyond the Frontier.

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1年2か月ぶりの澤田さん。六本木3丁目。

今日は六本木のバードランド。初めて行くお店。ライブの感想の前にこれだけは書いておきたい。

バードランドは、六本木の交差点を囲む5つのブロックのうち、もっとも猥雑で下品なブロックの奥に位置する雑居ビルの5階にある。エレベータを降りるとそこが受付兼エントランス・スペースで、フロアへの入口はその右側にある。受付を済ませてフロアに入ると、オフホワイトで統一された壁が目に眩しい。清潔感のあるホワイトではなく、心に異常をきたした人が入る部屋のホワイトだ。ステージを正面にして右面にバーカウンターがあり、左面はハーフウェイサイズの壁かけのゆがんだ鏡がふたつあり、後面はフロアよりも床を数センチほど高くしたチープなソファーシートのコーナーがある。ステージの背面は濃朱色のカーテンで全面が覆われ、床はフロアよりも一段高い。ステージには常設のグランドピアノがあり、ともに15インチのメインスピーカーとサブウーファーが左右に、24個のパーライトが上部に整然と並んで吊るされ、ムービングヘッドが上手と下手に2つずつ目線の高さに設置されていた。ライブハウスとして適切に機能するために、機材調達には充分に予算を投入した、といわんばかりの音と光の設備だ。あとはこれらの上等な環境を、だれがどのようにコントロールするかだ。PA卓と照明コンソールはフロアの後方、ソファーシートのコーナーの頭上のセリ台に置かれ、そこで音と光をだれかが調節していた。

音も光も、とにかくひどいものだった。それらにはバランスや平衡の概念がなく、フェードインとフェードアウトの技術も、集中の継続も、もてなしの工夫もなかった。音が小さいと思えば限りなく大きくし、大きい思えば極端に小さくする。それもひと思いに、唐突に、前ぶれもなく。照明はブラックアウトが幾度となく繰り返され、ステージへ集中したはずの客席のパワーが一気に霧散しては消えていくの繰り返しだ。とくにボーカル音は音割れギリギリまで大きく、脳圧を震わせた。もしもこれが永遠に許されるなら、PAも照明もプロフェッショナルはいらない。

ということを踏まえて今日のライブの感想文。

ステージ上にはピアノ、ベース、ドラムセットが準備万端、プレイヤーの登場を待っていた。センターにはマイクスタンドが立ち、ヘッドにはマイクもセットされていた。それを見て、だれもがトップバッターはアカシアオルケスタだと思ったはずなのだが、客電が落ちた先に見えたのは澤田さんのシルエットだった。彼女は、だれかの楽器が立ち並ぶステージで、ひとりでピアノを弾き語る。

1年ぶりに聴く彼女の声は、高音で行き詰っていた。高い音を出そうとして声を張る。出なければ出ないほど声は大きくなる。これ以上大きな声は出せないと諦めたとき、根音を低い度に変え、あたりさわりなくごまかす。即興のボーカルアレンジ。楽曲は1年前とほぼ同じだった。ピアノアレンジは六本木仕様に変えてはいたが、それが以前と同じ手法なら、すでに小手先の技でしかない。素人でも判別できるほどの歌声の変化とライブの不変化を、本人がわかっていないはずはなく、それを是としない結果として、彼女は渡米を選んだのだと、届かない高音を聴きながら想像した。

彼女がアメリカでどんなビジネスをしていくのか皆目見当もつかないし、いつまでロスで過ごすのかもわからない。スキッド・ロウでジャンキーになるかもしれないし、マーブルのバーカウンターを毎晩磨くだけの生活になるかもしれない。一方で、気が付けばそこは眩いばかりのライトの下でオスカー像をかざしていたり、限りなく続く盛大な拍手の渦のなかでグラミーを手にしていたりできるのがアメリカだ。どこまでの目標と目的を持って渡米するのかは知る由もないが、歌だけではなく演奏も作曲もアレンジも得意な彼女のことだから、いい音楽といい男を見つけて気楽にやっていくに違いない。しばらく聴けないのはさびしいし、もしかすると二度と聴けないのかもしれないけれど、がんばってほしいな。

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したがって、このお店でライブをするときは、信頼できる照明さんとPAさんもいっしょにブッキングしてもらうことが肝要。