LUCID NOTE LUCID NOTE | what Shibuya living in SHIBUYA have seen and felt

こまつ座 第122回公演「父と暮せば」(初日)

LUCID NOTE SHIBUYA

伊勢佳世さんがぶちええ!(←合ってる?)

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ストーリーはともかく、伊勢さんの演技がスゴイ。六本木4丁目。

取ってつけた広島弁に耳が慣れるまでに時間を要してしまった。普段語に翻訳しながらだとストーリーに入り込めず、やっと慣れてきたころには二幕が終わっていた。一幕から山崎さんの科白に反応できる人は、ストーリーを知っているか、広島弁を熟知しているかのどちらかだ。

舞台は、占領下の日本の広島でひとり暮らしをしている23歳の女性の恋のエピソード。原作者は井上ひさしさんなので、オキュパイド・ジャパン、ヒロシマ、と聞けばなんらかのそれなりのメッセージ性を含んだ舞台、と思い込んでいたのだが、その想像はほどなく間違いだったことを知る。それは、亡くなった父親が現世で生きる娘を応援するエピソードであり、生き残ったことへの贖罪に悩む娘のエピソードであり、父と娘がお互いの愛情を確かめ合うエピソードだった。オキュパイド・ジャパンもヒロシマも、それは背景であって他のものにリプレイスしてもなんら差し支えない程度の力加減で、舞台は進行する。とは言え、同等として扱える他のものを見つけることは至難の業だ。もしも置き換えられるとすれば、いまの日本では7年前の東北だけだ。

そのときその場所で体験した事実を口承していく作業を、芝居で代替しようとすると、おそらくそれは不完全なものになってしまう。なんらかの別のメッセージを含むことが許される舞台でその作業を続けていくと、往々にしてファクトがフェイクになることを、舞台を見る人の誰もが体験しているはずだ。ただし、たとえ不完全でも続ける意義はありそうな舞台、それが今日のこの舞台。

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といった感想をつらつらと持たせてしまう伊勢佳世さんの芝居が、とにかくすごい。