LUCID NOTE LUCID NOTE | what Shibuya living in SHIBUYA have seen and felt

3rd Single「負けました」リリースライブ 『青春が終わったら』

LUCID NOTE SHIBUYA

コンシューマー・ニーズ。

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2年ぶりに沖さんのワンマンライブへ。北沢2丁目。

沖さんは、音源のリリースに合わせて、そのプロモーションでワンマンライブを開催する、という定石通りの音楽活動を、以来ずっと継続している。同性同年代のミュージシャンと比較すると、音源のリリースにおいては常に一定していて、これまでにシングル2枚、ミニアルバム2枚、フルアルバム1枚などを経て、今回は3枚目のシングルのリリースだ。一方で、アピアランスの頻度は決して高くなく、むしろ低い位置にある。自主企画のライブもいつくかこなしているが、ブッキングで呼ばれるライブの本数は極端に少ない。しがたって、彼女はライブよりも制作を優先するミュージシャン、という認識が、ファンの間ではほぼ定着している。

制作したものを売る、という営業行為は、彼女以外のスタッフが担当している。客とコミューニケイトできる場であるはずのライブ会場であっても、彼女自身が物販に立ち会うことはなく、その姿を見たことはいままでに一度もない。接客を伴うインストアのイベントも、これまでに1度きりだ。どうやら、彼女が担当している業務は、音楽をつくりそれを歌うことだけのようだ。ミュージシャンとしては最良な環境のなかに置かれていると言っていい。もしもセールスがうまくいかなければ、それは営業行為が不足しているのであって、作品の所為ではない。なんたってそれは、最良な環境のなかでつくられているからだ。

彼女がこれまでに作ってきたうたを、社会性を切り口にして眺めるとおもしろい。最初は自分自身、あるいはそばにいる家族や友達を相手にしていたが、次作では彼らから離れて旅立つ決心をし、今回ようやく外の世界に出てきた、という解釈をするとどうだろう。外の世界に出たはいいが、彼女が見た外の世界の現実は、想像以上に苦悶に値する世界だったようで、さっそくすでに今日、過去の青春の輝きを喪失したこと憂いている。彼女がうたう歌の登場人物の成長速度と、現実のセールスの上昇速度が、ここで一致する。ライブ後も楽屋にこもってばかりいては、社会性は身につかない。客の声はきびしいが、自信につながることもある。そのほとんどはノイズだが。

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ニーズを無視し続けると、その代償は高くなるいっぽうだ。いまのところまだ結果は出せていない。