LUCID NOTE LUCID NOTE | Music show and Play stage reports

古舘と客人と vol.31

LUCID NOTE SHIBUYA

Piccola felicità(ピッコラ・フェリシタ)。

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きょうは古舘伊知郎さんと水谷豊さんのトーク・セッションへ。丸の内2丁目。

出たとこ勝負のインプロビゼーション。台本なしとはいえ、どんな話題をどのくらいの時間で消化するのか、うっすらとしたプランは用意されていたとは思うのだが、取り上げた話題の数と種類があまりに多すぎて、どれものっぺりとひらべったく「さわり」で終わってしまった印象。およそ九十分間の尺のうち古舘さんの声が九割を占めていたのも「ああやっぱりな」というかなんというか。そもそもかれはしゃべりすぎる。「喋り屋」といえばその道のプロ、あるいは職人っぽく聞こえるけれど、きょうのかれはただの「おしゃべり野郎」がちょうどいい。トークに間があかないようになにかをしゃべろうとするのだが、それがくせなのかあるいは芸なのか、相手が水谷さんだったからなのか、なかなか話題が膨らまない、膨らまないから話題を変える、そのくりかえし。ライブにたとえると、セットリストは30曲もあったけれど、どの曲もイントロまたはAメロで終わる、そんなかんじ。サビが聴きたかったぞ。

水谷さんからは、古舘さんのペースにあわせなきゃ、という気遣いの思いと表情がじわじわと伝わってきて、そんなに無理しなくても、という印象だったのだが、ひとつだけ。これから公開予定の自費制作映画について語ってくれたときの表情がほかの話題のときとは比べものにならないくらい真剣に、力強く、活き活きとしていて、おそらくこの話題だけはサビから大サビまで、いま言える範囲のぜんぶを話してくれたんじゃないかなと。これよ、この水谷さんが見たかった、この話題が聴きたかった。だってほかの話題はぜんぶ、過去の話だし。ライブで新曲が聴けるとそれだけでうれしいのとおなじ。まあ、大好きな水谷さんを直で見られただけでもうれしいんだけどさ。

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その映画のタイトルは「ピッコラ・フェリシタ」(=小さな幸福)。三つのオムニバスがひとつにつながるストーリー。さいしょはシアターではなく小さなホールで、つぎは新作を上映しづらい地方のシアターで、そのあとに通常のシアターで、という公開戦略らしい。これぜったい観にいく。