
1グラムにも届かない質量。1ミリも近づかない距離。
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ほんとに何も無い、何も起きない。太子堂4丁目。
初音さんの芝居を観に三茶へ。科白であったように誰もかれもがその容姿にうなずく、かどうかはアレだけど、美人には違いない。劇中のたたずまいは、初音さんを含めて舞台の上の全員が普通、あるいは標準的な市井の人たち。無駄に声を張らず、大袈裟な仕草もせず、ほんの数歩で立ち位置を変えながら、いくつかの話題を7人で巡らせていくという約90分間の会話劇、あるいは男女7人による集団コント。
7人のキャラクターはそれぞれ魅力的に描けていたけれど、共感できるキャラクターがその中に見つけられなかった場合、客席から遠目でその様子をうかがうしかなく、その集団の中に没入して笑ったり泣いたりはできなくなる。むしろその疎外感頂点に達したときのイライラのストレスは、相当だ。観る側がそうなってしまうと、笑いをうながすために用意された科白にはいっさい反応できないし、固唾を飲ませるためのオドロキの科白さえも心は1ミリも動かない。
なにしろほんとに何も起きないし、これといったエピソードもストーリーもないし、実は隠されたメッセージがあってそれを読み取るなんて作業もいらないし、登場人物が秘密にしている過去の重さにどんよりすることもないし、次はどうなるんだろうというワクワク感もヒリヒリするようなスリル感もなし、普通の人々にありがちなやわらかなペーソスもないし、オトナの事情を引きずるようなのコマーシャルのようなシーンもない。したがって、思い出せるほどの内容はほとんどなく、明日友人にどんな芝居だったのかを面白おかしく聞かせる自信は、ほぼ、いやまったくない。みなさんいろいろ話したいことがあるんだろうけど、そろそろ今までのことはスパっと忘れて、いい加減このあたりで前に進もうぜ、みたいな我慢知らずのキャラクターがひとりでもいれば、まだ救われたかもしれない。たとえば長さんの有名なセリフ「つぎいってみようっ!」みたいな。
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もっと小さくてもっと下品な小屋だったら、違う距離感で違う楽しみ方があったかも。シアタートラムはこの芝居には広すぎるし、上品すぎる。