青山に能の舞台があったことにまずは驚く。
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若村麻由美さんのソロ公演へ。南青山4丁目。
演出の笠井さんによると、曽根崎心中は元禄時代のごく短い期間においてスマッシュヒットした浄瑠璃の演目で、昭和時代に歌舞伎で上演されるまでは一度も再演されなかったらしい。今日はその脚本を原文のまま若村さんが演じるという建て付けの公演。男女の心中モノなんて今じゃまったく流行らないし、共感もできないし、場合によっては嫌悪感すら覚えるストーリーなのだが、今日観るべきところはそこじゃなく、若村さんの役者としての姿勢と気迫、その精神だ。
だれかに与えられた役ばかりを演じ続けてきた役者が、自ら選んだ役を自らが演じることで役者としてのアイデンティティの確立を試みようとする彼女のこの活動は、音楽の世界で例えると、がんじがらめなメジャーから自由に活動できるインディに転向するとか、バンドを脱退してソロで活動を始めるとか、アイドルを卒業してSSWに転向するとか、あるいは一般社会で例えると、勤続十数年のラーメン屋を辞めて自分が美味いと思うラーメンをつくるために独立開業する、みたいな感じなのだろうか。自分探しの旅、自己実現への挑戦、セルフ・プロデュース、ライフ・ワーク、どんな言い方もそれなりに当てはまりそうだが、結果的にそれが社会に還元されなければ、それはただのマスターベーションに終わる。社会に還元されたかどうかを測る指標にはエンタメの世界では大きくふたつあって、ひとつはビジネス性、もうひとつはアート性。売れたチケットの枚数と客の拍手の大きさと言い換えてもいい。ビジネスとアートの力学は常に複雑だけれど、若村さんのこの個人活動は、どこからどう切り取ってもその力点はアートにあって、ビジネスにはないようだ。駆け引きなしのイッパツ勝負。見応え充分。若村麻由美の劇世界はすごい世界。
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でもトークセッションで話すときの彼女には、役者のオーラをまったく感じないから不思議だ。役者というよりも研究者、あるいはオタク。