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薬師丸ひろ子 コンサート2018(東京公演・初日)

LUCID NOTE SHIBUYA

お父さん、怖いよ。何か来るよ。

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カイ・カン・・。道玄坂2丁目。

前回(2015年)のオーチャードホール公演の音楽監督を担当された大物音楽プロデューサーさんから、「チケットは即日完売したらしいんだけど、主催者がすべての客席を一般客用に使ってしまって、当日、関係者は(自分も含めて)会場に入れなかった」という嘘っぽいウラ話をうかがって以来、そんなに人気なら一度は行っとかないとなあ・・・ということで待つこと3年。難なくゲットできたチケットで行ってみた。

会場は、バブル世代を謳歌しすぎて今ではすっかり冴えなくなったおじさんたちと、夜な夜なディスコで踊る派手な友人たちを鼻で笑いながらも実は自分も目立ちたかったという夢を今でも捨てられないようなおばさんたちで、ごったがえしていた。こういう人たちは、ライブ音楽の楽しみ方を自分なりに知りつくしていて、今の世代のアイドルファンたちよりも、なにかとお行儀がいい。

開演前のステージは緞帳が下ろされていて板の上は見渡せなかったが、2ベルが鳴ってほどなくすると緞帳が左右に分かれて開き、目に邪魔なものはコロガシだけという至ってシンプルなステージセットが見えてきた。ミラーボールさえも使わない照明セットも、聴くものが歌の世界にどっぷりと浸かれるように、これ以上は減らせないといわんばかりに単純化されたものだった。ライブの準備は万端だった。

セットリストは、大瀧詠一、井上陽水、竹内まりや、ユーミン、中島みゆき、南佳孝、来生たかお、筒美京平、大野雄二・・・今の世代に置き換えるとどんな顔ぶれになるのかわからないが、当時でもありえない作家陣で包囲された楽曲がずらりと並んでいた。15分間の休憩をはさみつつ、前半9曲、後半9曲、アンコール3曲の全21曲。この至れり尽くせりの構成でファンが楽しめないわけがない。あとはサポートバンドとPAが、どれだけいい音と演奏で客席を盛り上げるかだ。

音圧は最初から最後まで低調だった。音を遠くに感じると、ステージまでの距離もそれに比例して遠く感じることになる。彼女のその世界に入りこむためには、相当の困難を覚悟して飛び込むか、あるいは潔く諦めるしかない。諦めたあとは、客は彼女とステージを、指をくわえて俯瞰で眺めるしかない。キックの音はハエたたきで空振りしたような音だったし、欣ちゃんのベースはそれ以上に小さかった。楽器の音でヴォーカルの声をかき消すようなまねはしたくなかったのかもしれないが、そのやり口は小さなジャズバーでなら功を奏すが、このオーチャードホールではヤル気のなさを感じさせたし、薬師丸さんの歌声はそこまでやわじゃなかったはずだ。

演奏自体も雑だった。一曲目のイントロの出だしのバヨリンソロのあの一音が、あとのすべてを台無しにした。オーチャードホールは弦の微妙に震える音も拾ってしまうくらいにプレイヤーにとっては高難易度の会場だし、それゆえの緊張もあったのかもしれない。それでもやっぱり雑だった。アレンジも、いまの時代のグルーブ感をまったく無視した、カビの臭いがしそうな時代のそれを、そのまま楽曲に当てがったようなシロモノだった。ステージ側からの煽りで始まったはずの客席側の手拍子は、ことごとく長続きしなかった。むしろ、今日のこの客層ならこの程度の演奏でかまわない、と馬鹿にされてるようにも感じられた。

したがって途中から、バンドの音は極力耳から遠ざけることにした。彼らの音を無視することは、薬師丸さんのヴォーカルだけに耳目を集中することと同義だ。これが今日のライブの楽しみ方の正解だった。そしてなにより薬師丸さんは歌がすこぶる上手いことを知る。結果オーライ。アンコールでは新曲も聴けた。彼女がこの先どれだけ音楽に注力していくかは不明だが、グッズもなければCD販売もない、あったのは5月に20年ぶりにリリース予定のオリジナルアルバムの予約を受け付けるだけという、きわめて未来志向型の物販コーナーを見ると、歌への本気度はかなり高いレベルにありそうだった。

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明日は二日目、最終日。ファンなら充分に楽しめるライブ。最近の彼女は知らないけど、往年の彼女なら知ってるというファンは、あまりステージに近い席じゃないほうがよいかも。